京姫酒造

京の酒どころ伏見を歩く

伏見観光案内

古くから酒蔵のまちとして酒造りが盛んだった京都 伏見。
桃山丘陵から豊富に湧き出る地下水脈に恵まれた伏見の地は
、 かつて「伏水」とも呼ばれ、その水が酒造りに適していたことから、
400年程前から本格的な醸造が始まったといいます。
城下町として、東海道の淀川の港として栄え、宇治川や疏水沿いに白壁が映える酒蔵。
柳が揺れる中を十石船が進み、酒造りの町ならではの風情が楽しめる伏見の街並みは、
京都市の「伏見南浜界わい景観整備地区」に指定されています。

伏見酒造界隈Map

【画像をクリックすると拡大してご覧いただけます】

伏見酒造界隈Map

伏見酒造界隈の名所

  • 寺田屋
    寺田屋

    寺田屋は幕末、三十石船で栄え、1862年の伏見の事変(寺田屋騒動)が起きた船宿。1866年には坂本竜馬が止宿中に、幕吏に襲われましたが、女将とせの養女おりょう(のち竜馬の妻)の機転で難を逃れたというエピソードが残ります。寺田屋騒動址の隣には「旅籠 寺田屋」があります。

  • 伏見長州藩邸跡
    伏見長州藩邸跡

    幕末の元治元年7月、八月十八日の政変により追放された長州藩勢力が池田屋事件で激怒し、『藩主の冤罪を帝に訴える』を名目に挙兵しました。久坂玄瑞らは山崎天王山、来島又兵衛らは嵯峨天龍寺、そして福原元僴らはこの伏見長州屋敷に兵を集めて陣営を作りました。福原元僴の軍は竹田街道を北上するも、会津、桑名、大垣、鯖江の藩兵と衝突して禁門の変が勃発しました。福原元僴の軍は敗走して、伏見長州屋敷で態勢を整えるも、京橋から彦根藩の砲撃を受けて、伏見長州屋敷は焼け落ちてしまいました。

  • 伏見土佐藩跡
    伏見土佐藩跡

    鳥羽伏見の戦いで土佐藩は、藩主から参戦を禁止されていましたが、板垣退助の密命で一部の藩士が参戦しました。その後、この場所には、伏水第三校(現在の伏見南浜小学校の前身)が設置されました。

  • 会津藩駐屯地跡(伏見御堂)
    会津藩駐屯地跡

    鳥羽伏見の戦いが始まる前日夕刻、会津藩の先鋒隊約200名が伏見京橋に上陸、ここ伏見御堂を宿陣としました。薩摩藩との間で小競り合いをしている最中の午後4時頃、鳥羽方面から聞こえる一発の砲声に触発され、御香宮の東の高台に据えた薩摩藩の大砲が火を噴き、伏見奉行所を攻撃したことから伏見の町でも戦いが始まりました。本堂の畳を楯に鉄砲の撃ち合いがあったともいわれ、建物は大きな損害を受けたと伝えられています。現在は大銀杏・鐘楼・山門が残されています。

  • 伏見奉行所跡石碑
    伏見奉行所跡石碑

    江戸幕府の遠国奉行の一つで伏見の民政・御所の警護・西国大名を監視していました。1666年(寛文6)水野忠貞が初代奉行。鳥羽伏見の戦の際、新撰組がここで薩長軍と激戦をかわしました。

  • 源空寺
    源空寺

    源空寺(げんくうじ)は、正式には宝海山法然院源空寺と称します。浄土宗、本尊は円光大師坐像(法然)、阿弥陀仏立像が安置されています。

  • からくり時計
    からくり時計

    伏見の蔵元の名前が入った酒樽がひっくり返ると、伏見にゆかりのある豊臣秀吉や淀君等の人形があらわれます。

  • 十石船乗船場
    十石船乗船場

    十石舟は江戸時代に淀川を米や酒、旅客を運び伏見と大阪を往来していた木造船船のことで、現在は遊覧船として復活し、月桂冠大倉記念館南側の乗船場から三栖閘門まで45分で往復しています。舟から見る酒蔵屋や柳並木など歴史情緒ある景色はまた格別 です。夏にはライトアップ運航も。 (4月~12月初旬)※運航期間は、お問い合わせください。

  • 三十石船乗船場
    三十石船乗船場

    十石舟は江戸時代に淀川を米や酒、旅客を運び伏見と大阪を往来していた木造船船のことで、現在は遊覧船として復活し、月桂冠大倉記念館南側の乗船場から三栖閘門まで45分で往復しています。舟から見る酒蔵屋や柳並木など歴史情緒ある景色はまた格別 です。夏にはライトアップ運航も。 (4月~12月初旬)※運航期間は、お問い合わせください。

  • 月桂冠大倉記念館
    月桂冠大倉記念館

    伏見の蔵元の名前が入った酒樽がひっくり返ると、伏見にゆかりのある豊臣秀吉や淀君等の人形があらわれます。

  • 長建寺
    長建寺

    真言宗醍醐派。一般に‘島の弁天さん’と親しまれています。1699年(元禄12)伏見奉行建部内匠頭政宇(たけべたくみのかみまさのき)が中書島開発の際、深草大亀谷の即成就院から塔頭多聞院を分離して創建しました。脇仏は珍しい裸形弁財天。7月に弁天祭があります(第4日曜日)。京都で御本尊が弁財天という寺はここしかありません。桜の名所で糸桜という早咲きの枝垂れ桜の木が2本植えられています。御守とおみくじが有名。

  • 御香宮神社
    御香宮神社

    平安期、境内から病気に効く香水が湧き出たので清和天皇がこの名を賜ったといいます。秀吉が伏見城の守り神とした神社で、桃山期の特色を残した表門や極彩色彫刻の本殿は重文です。鳥羽伏見の戦いでは、薩軍の屯所にもなりました。

その他 伏見の名所

  • 伏見稲荷大社
    伏見稲荷大社

    伏見稲荷大社といえば、今外国人に人気No.1の観光スポットです。ご鎮座は和銅4年(711)とされ、全国各地に祀られている稲荷神社の総本宮。稲荷山の神蹟を巡拝する‘お山巡り’は約4キロあり、朱色の鳥居が連なる千本鳥居は圧巻です。

    伏見稲荷HP

  • 伏見桃山城
    伏見桃山城

    伏見城(木幡山伏見城)は豊臣秀吉によって築かれた城です。秀吉の死後は徳川家康の居城となりました。「関ケ原の戦い」後には徳川家康が藤堂高虎に普請奉行を命じ、天下普請として再建させ、家康はこの城で征夷大将軍の宣下を受けています。現在、城址付近は伏見桃山城運動公園として整備され、模擬天守が建てられています。

  • 城南宮
    城南宮

    794年の平安京遷都に際し、国常立尊(くにのとこたちのみこと)と八千矛神(やちほこのかみ)と神功皇后(じんぐうこうごう)を祀り、以来都の南方に鎮まり国を守護する城南宮と仰がれる。明治時代の幕開けとなった鳥羽・伏見の戦いが始まった所で、薩摩藩が勝利の御礼参りに訪れた。

    城南宮HP